会報 「ハーネスながの 第58号」

ハーネスの会

2020年06月28日 01:49

      『ハーネスながの』第58号 (2020年1月) 

発行:長野県ハーネスの会 会長 池田純 編集 前野弘美 片山幸子
〒381-0043 長野市吉田3-16-13 (株)Jハート内 Tel. 026-214-0802

振込み:ゆうちょ銀行 00570-7-17991 「長野県ハーネスの会」

     ーーーー ーーーー 本号の内容 ーーー ーーー
《報告》 『2019年度第2会運営委員会』   広沢里枝子
《ハーネス旅リポート》 黒部峡谷ミニ旅行に行ってきました     丸山訓代
《文芸/単価》 『天使と歩く四季の歌』 ④    広沢里枝子
《連載/旅は犬連れ⑯》 『開通前野三遠南信自動車道を歩く』  てくてく歩き人
《ふるさとを想う》    『越後平野の島育ち』       古田綾夫
《本ほどステキなものはない!⑥》 『村上春樹が英米文学を翻訳すると』 池田 

《デビュー》      『うちのわんこ』        角谷美由紀
《美術展鑑賞リポート》    『間島秀徳 絵画展』に参加して    木暮恒夫
《事務局から》 「疾病治療費支援申込みについて」、ほか     加藤久美
《編集後記》  片山幸子
     ーーー ーーー それではお楽しみ下さい ーーー ーーー

《報告》 
    ◆松本市Mウイングにて  第2回運営委員会開催    広沢里枝子
日時 2019年12月8日(日曜日) 午前10時~14時
会場 松本市 Mウイング4の3号室
参加者 13名(盲導犬7頭)

 皆様、ハーネスの会の運営委員会へのご参加・ご協力ありがとうございました。台
風の影響で一旦、延期された運営委員会でしたが、多くの会員のご参加により、お互
いの近況を聞きあったり、今後の計画をたてることができました。
 運営委員会の後は、松本駅近くのレストラン「どんぐり」へ移動して、昼食をとり
ました。和やかな交流のひとときになりました。
 以下、運営委員会で話し合われた内容の概略を報告いたします。
▼参加者の近況報告
ユーザーから、それぞれの盲導犬についての課題や、その解決のために取り組んだこ
となどの報告がありました。
▼ウエルカムチームから
①ウエルカムチームから、黒部ダムのミニ旅行の報告がありました。
②2020年度のミニ旅行の行き先等について、希望があれば、ウエルカムチームの
丸山さんに伝えてください。
▼事務局から
①2019年度の会費が未納な方は、至急、入金してください。
②ハーネス基金の申し込み期限は、2月20日必着です。会報発行の遅れを考慮して
期限を延長しました。
(※)。医療費の補助が必要な方は、2月20日までに必要書類をそろえて送ってくだ
さい。
③ハーネスの会のメーリングリストは、ハーネスの会の利用しているサーバーに引っ
越しました。メールがうまく受け取れないなどの不安がある方は、アドレスをもうひ
とつ登録してください。
④ハーネスの会のリーフレットを見やすく、活用しやすくするにはどうしたらいいか
について、話し合いました。その結果、カラー版と、白黒版の両方の原稿を作り直す
ことになりました。
⑤ハーネスの会のリーフレットや、リーフレットのデータが必要な方は、事務局まで
ご連絡ください。
⑥盲導犬・引退犬に関する現況調査をおこないます。
盲導犬・引退犬の現況が、把握しにくい状況をどのように解決したらよいか、話し合
いました。その結果、毎年、現況調査をおこなうことにしました。メーリングリスト
で呼びかけて、事務局のメールアドレスにお返事をいただく他、地域ごとに責任者を
決めて、聞き取り調査をおこないます。盲導犬のユーザーの皆様、引退犬のボランテ
ィアの皆様、ご協力ください。

▼編集チームから
①会報57号を発行しました。皆様、振るって会報に原稿をお寄せください。
②会報のメール版について希望があれば、メール版担当の原さんまで、お知らせくだ
さい。

▼対策チームから
①「長野県共生社会づくり条例(仮称)」の県民集会について
会長から、「長野県共生社会づくり条例(仮称)」の県民集会等について話がありま
した。
②12月1日、長野市で行われた「高齢者や障がい者と災害・ハザードマップについ
て 考える学習会」について会長から報告があり、その時に配布された盲人用の触っ
てわかるハザードマップの見本の紹介がありました。

▼2020年度総会、運営委員会の日程
「2020年度ハーネス総会」2020年5月10日(日曜日) 
会場は、松本市になります。どうぞ、ご予定ください。
※基金の申し込み、今年度は2月20日
<写真説明>運営委員会の会議の模様

ボクのお願い
<写真説明>盲導犬のイラスト
長野県ハーネスの会の活動にご理解のある方で、会計係ならびに会計監査役をしてい
ただける方を全会員の皆様に広~く募集します。
 会計係の主な業務は、年会費の納入通知を発送すること、盲導犬の医療費補助を申
請した会員に対する治療費の支払い、ユーザー及び引退犬ボランティアに対する補助
金の支払い事務です。
 お引き受けくださる方、もう少し詳しくお知りになりたい方は会長の池田までご連
絡ください。
よろしくお願いします。

《ハーネスの旅リポート》
    黒部峡谷ミニ旅行に行ってきました  松本市 丸山訓代
令和元年9月2日、扇沢から電気バストンネルをぬけ黒部湖畔に集合したのは、本会
会員・会友25人と盲導犬6頭でした。
小雨がぱらついたものの気温は20度とこの地にしては比較的暖かかでした。ダム湖
の堰堤を皆で散策したあと、ケーブルカー・トロリーバスなどを乗り継いで室堂まで
足を延ばした人、ダム湖一周40分の遊覧船を楽しむ人と思い思いのコースで雄大な
自然を楽しみました。
昼食は展望レストランで、ご当地グルメとして有名な“本家黒部ダムカレー”を味わ
いました。レストランは混みあっていたものの、黒部ダムの人間が成し遂げたスケー
ルの大きさを身を持って感じたことや、犠牲者の多数もさることながら、今や観光の
一大拠点になっていることなど語り合いました。
多数の参加とご協力ありがとうございました。
<写真2枚の説明>小雨に煙るダム湖で参加者の集合写真と本家黒部ダムカレーの写


《文芸》  天使と歩む四季の歌 ④  東御市  広沢里枝子
◇ 技師として父が工事に関わりし黒四ダムへ初めての旅
◇ 盲導犬とユーザー支援者うち揃い小雨の中を黒四ダムへ
◇ 放水を見下ろしおれば落下する水に吸い込まれてゆく心地
◇ 放水のしぶきか雨か身の濡るるままに放水の轟音を聞く
◇ 黒四に命を賭けし若き日の父の青山黒部にもあり
◇ 電気バスロープウエイと乗り継いで室堂(むろどう)へ登るチャレンジ集団

《連載/旅は犬連れ世は出合い⑯》
   『開通前の三遠南信自動車道を歩く』   てくてく歩き人

◆聞いたことありますか?『三遠南信(さんえんなんしん)自動車道』
三遠南信自動車道は、長野県飯田市の中央自動車道・飯田山本インターから愛知県を
経由して静岡県浜松市北区の新東名高速道路・浜松いなさジャンクションに至る、総
延長約100kmの自動車道です。
<地図説明>11月17日の開通区間の地図
<写真説明>11月17日開通を知らせる自動車道の標示版
道路名に冠された「三遠南信」とは、愛知県東部(三河地方)、静岡県西部(遠江地
方)、長野県南部(南信地方)の総称です。
 三遠南信道は既に沿線3県内の何カ所かで開通し利用されています。飯田山本イン
ターから伊那山地の矢筈(やはず)トンネルまでの天竜川を挟む西側と東側の部分は
全て傾斜地や山間地を切り開いて道路がつけられることになっています。
 そんな中で11月17日から天竜峡ICと天竜川を挟んで東対岸の龍江(たつえ)IC
間4.0㎞が部分開通し供用が始まりました。それに先立ち11月10日(日)に開通プレ
イベントとして開通祝賀式典と郷土芸能披露、そして記念ウォーキングが賑々しく行
われました。
<写真説明>開通を知らせる自動車道の標示版

◆自動車道歩行者天国はお祭り並
 私はこの日を待ちに待っていました。ガイダ同伴で従兄弟とともに自動車道ウォー
キングに参加しました。午前10時の花火を合図に区間内の3カ所のインターチェン
ジが一斉に開かれ、待っていた参加者がどっと自動車道に入りました。
 私たちは龍江インターから入り天竜峡インターへ下って行くコースを選びました。
何と、このとき龍江インターでは参加者全員にお祝いの紅白切り餅6ヶ入りのパック
が配られました。私のところでは家族も参加していましたので、その後3日間は必ず
一食はお餅をいただくことができました。また、他の2カ所のインターでも何かしら
の食べ物や飲み物が振る舞われていました。どこからお金が出ているかは分かりませ
んが本当に太っ腹でありがたいことでした。
<写真説明>自動車道をウォーキングする人たち
参加者は思い思いに周辺の段々畑や色づいたりんご園、点在する農家や建物、そして
西側に広がる天竜川とその向こうの段丘と晩秋の山々の風景を楽しみながら歩いてい
るようでした。
 部分開通した区間では2車線の内、西側車線(谷側)がウォーキングする歩行者専
用に開放されていました。東側(山側)はシャトルバス専用でほぼ10分間隔で見学
者の輸送が行われていました。歩行者用となった西側車道は歩く人たちが多く、たら
たらと歩く人たちを追い越すにも一苦労。さらに逆方向から歩いてくる人たちとすれ
ちがうときも結構気を遣いながら歩きました。晩秋の柔らかな日ざしにも恵まれてま
るで祭のような雰囲気でした。
 途中の千代(ちよ)インター付近で盲導犬同伴の井原さんのグループとすれ違いに
なりました。井原さんたちは私たちとは逆に天竜峡インターから龍江インターへ向か
って歩くとのことでした。付近はかなり混み合っていたためわんちゃん同士の挨拶が
すむとお互いに「やあ」と声がけしたぐらいで別れました。

◆百聞は一触に如かず 
 今回部分開通した三遠南信道もそうですが、自動車専用道は供用が始まれば絶対に
人の立ち入りはできません。あんなに巨額の国費を費やしながら歩道すら付いていな
いのです。特に視覚障碍のある人たちにとっては新設された自動車道とはどんなもの
かを知るチャンスはこんなときしかありません。
 そんな訳で新しくできた道路は車に乗って走るよりも人の話を聴くよりも先ずは自
分の足で歩くこと、足裏を通して感じ取ることだと考えてこの日この場に立ったとい
うわけでした。
 部分開通した4.0㎞を歩いて掴んだ実感は以下のようなことでした。
 先ず、道路面は大部分はコンクリート舗装だろうと思いますが、細かな砂はもちろ
ん塵ひとつないと言っていいほどの新しさというのか初々しさ。私はスニーカーを履
いていたのですが、その靴底面が吸い着くような心地よい感触でした。ざらつきもわ
ずかな凹凸もない滑らかさと堅固さ。更に私は道路の端にしゃがんで両手の掌でコン
クリート路面にペタと触れてみました。晩秋の日差しを受けてほんのりと温かくなっ
たコンクリート面。脚もとの路面でなかったら頬をすり寄せたいような心地よさでし
た。ほんとに自動車なんかはもっとへぼ道を走ればいいのだと恨めしく想った次第で
す。
 道路は龍江インターから天竜峡インターにかけては緩やかな下り勾配が続きます。
歩き始めて100mぐらいまでは、ぼやっとしていると感じない人もいるかも知れませ
んが暫く歩き続けると明らかに僅かずつ下っていることが体にはっきりと感じます。
私は昼食後に天竜峡インターから逆に龍江インターへもどる形で往復したのですが、
上り勾配を歩いてみると下半身にかかる負荷をしっかり感じました。
 周囲の風景のような手も足も届かない場所や対象については同好者の説明を聴いて
想像するだけです。それでも東側は傾斜地が迫っていて鳥の声やときどき木々を撫で
る風音が耳に残りました。道路西側は天竜川に向かってなだらかに下る傾斜が続いて
おり、遠く下方からたまに自動車の音などが聞こえました。傾斜地が迫る東側に比べ
て西側は開放感がありました。
 私が相棒ガイダと歩く意味は、広義の意味では「触れるため」、「触れて知りたい
から」に尽きます。そしていつも感じることは、「百聞は一触に如かず」ということ
です。

◆最終ゴールは青崩(あおくずれ)トンネルを歩くこと
 三遠南信道の県内区間の内、現在も2カ所で建設工事が続いています。一つは天竜
川の東側で上久堅(かみひさかた)・富田インターから伊那山地小川路(おがわじ)
峠近くの矢筈(やはず)トンネルまでの区間。もう一つは長野県と静岡県の県境に当
たる青崩トンネルとその前後の区間です。開通時期は未定です。
<地図説明>《青崩トンネルの位置がわかる地図
 ところで、ちょっとそれますが、戦国時代の終わり頃から江戸時代、更には明治・
大正・昭和の初めごろまで遠州と信州の間では人や物の往来は秋葉街道(遠州では「
塩の道」という)で盛んに行われていました。その国境が青崩峠(1,082m)でした
。甲斐の武田軍はこの青崩峠を越えて遠州に攻め込んだという史実があります。今で
は青崩峠は浜松市と飯田市のそれぞれの史跡に指定されています。峠道の幅は1m弱
ほど、長野県側には急峻な場所もあって不規則な石段やつづら折りが続きます。近年
ではウォーキング愛好家の間で人気のコースになっています。風の音、遠く谷川の音
、そして鳥のさえずりが聞こえるだけ。そこから望める山々や峠道の周囲の風景と地
形はきっと往時の佇まいをかなり残しているだろうと想像します。私は高校生のころ
に1回、この5年間に2回ほど歩きました。前回はたまたま浜松の太平洋側から糸魚
川の日本海側まで自転車で列島横断する途中だという若者が自転車をかついで峠越え
している場面に出会いました。彼のロマンと覚悟に驚きつつ道中の安全と成功を祈り
たくなりました。
 青崩トンネル(約5㎞)はその峠のやや西側、ほぼ直下を貫いて浜松市水窪(みさ
くぼ)町と飯田市南信濃八重河内(みなみしなのやえごうち)を結びます。更にその
先は遠山谷を北上して伊那山地の矢筈トンネルに繋がります。
 私とガイダの最終ゴールはこのトンネルとその前後の自動車道を歩くことです。完
成して、供用が始まる直前には多分、今回と同じような開通記念行事や記念ウォーキ
ングが行われるでしょう。いつのことか分かりませんが、まあ、達者でいたらという
ことになります。                              
          (飯田市 原哲夫)

《ふるさとを想う》 『越後平野の島育ち』 安曇野市 古田綾夫
私は、越後平野の真ん中で、冬は水に囲まれた島暮らしでした。新潟市街地の東、信
濃川と阿賀野川の間で育ちました。この平野は、会津磐梯山や、奥日光・尾瀬沼等か
ら流れ出る急流の大河、阿賀野川が埋め立てて、排水は信濃川が担当してできたよう
な所でした。
 その平野の所々に、阿賀野川が洪水で運んだ火山灰を主とした土砂が、高さ3、4
メートルくらい積もった丘が有り、そこへ平安時代から人が住みついたようです。低
地は田んぼになっています。
 今頃新潟県全体は、天気図が冬型ともなりますと、大雨、あられ、突風、それに雷
などが、絶え間なく長時間鳴り響き、吹き荒れます。平野や山に大量の雨が降り、排
水担当の信濃川が、たちまちにして満杯になり、平野の低い田んぼの水が、信濃川へ
流れ出なくなり水が溜まって海のようになるのでした。
<写真説明>阿賀野川の写真
 我が家の右前には、諏訪湖くらいの広さの水たまりが2個分くらい、左前には3個
くらい、後ろには2個くらいの水たまりでした。我が集落45戸は水で囲まれて、完全
に島になっていました。他の集落も水の上に浮かんで、正に島暮らしでした。今考え
ますと、越後の松島だったのでした。
 交通は、父の時代は船で、私は、国道が改善をされて15センチくらいしか水が上
がらないので楽しく通学はできたのでした。また雪の季節には、雪が水に混じった厚
い氷が出来て、スケート通学でした。
 氷や雪の無い広い水面には、北風が吹けば、ばしゃん、ばしゃんと大波小波が家の
周りへ打ち寄せます。その波が丘を削らないように、木を植えたりして岸壁を造りま
すが、根元の土が流されて春の修復には苦労でした。従って丘の半分以上は、なだら
かな坂になっていて、波が丘へさらさらとのぼるようになっていました。そのほとん
どは畑でしたので、現在でも田んぼへ向かってなだらかに下る畑が、あちこちに残っ
ています。
 この平野に溜まる水は、昭和10年頃には排水ポンプが設置されましたが、お金が
無い時代でしたので春夏だけの排水でした。稲刈りが遅くなると、雨が降り出し、泥
の中の稲刈りとなり、今は保護をされている鳥のトキが、蛙やイナゴなどを探して、
刈り取った稲の上を歩いて稲を泥で汚すので追っ払うのに苦労もしたとの話は、私よ
り10歳年上の叔母が何度も話していました。佐渡で繁殖していたトキも大嫌いでし
た。昭和30年3月ころまで、少なくなった水が溜まったりしていました。
 勿論今は年間排水をしますので、湖を知らない時代になっています。
 その島の昔からの家は、盛り土をして、基礎石の上にも空間を作り、床板は高くな
っていました。明治時代に、近くの信濃川の土手が切れて大洪水でしたが、集落の家
には支障は有りませんでした。
 私が中学生の頃にも、近くの大きな川の土手が切れました。堤防が切れると、水の
強い流れで堤防が溶けるように無くなるのを眺めていたものでした。長野市千曲川の
土手と同じようでした。
しかし、水が出ても、流れても、家は心配はしなかったものでした。それに、まあ、
ほとんどの農家では、仕事用の川船を持っていました。毎年冬に出る水には、泥は混
じっていなく、水が引いても後は残りませんでした。
 この度の、長野市千曲川の堤防決壊で昔を思い出したりしましたので、ちょっと書
きました。住んでいる地域の洪水の歴史、地震等の災害についても知らなければいけ
ないなあと思っています。安曇野市は、震度7の地震が起こると言われています。備
える用心対策の実行ですが、今まで、考えているだけになっています。

《連載/本ほどステキなものはない!⑥》
    『村上春樹が英米文学を翻訳すると』    長野市  池田 純
今回は、外国でも人気のある作家である村上春樹の翻訳した本について紹介します。
 もちろん、自身で書いた本も出す度にメディアをにぎわせるほどのベストセラーに
なりますが、彼の翻訳したものは非常に読みやすく、英米文学、特にアメリカの文学
をより身近に感じられる傑作がそろっています。
 「これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本を三冊あげろ」と問われたら、『
グレート・ギャツビー』、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』、それからレイ
モンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』を考えるまでもなく挙げる。(スコッ
ト・フィッツジェラルド、村上春樹訳『グレート・ギャツビー』、2006年、中央公論
新書の訳者あとがきより)
 『カラマーゾフの兄弟』は、ロシア文学であり、村上春樹の翻訳したものはないが
、他の2冊に加えてJ.D. サリンジャー著『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を推奨
します。
 『グレート・ギャツビー』は、フィッツジェラルドの唯一とも言ってよい傑作で、
しがないジャーナリストが、おじの家で住むことになり、その家の隣家に住む富豪と
のやりとりを描くものです。そして、この富豪をめぐっては女性関係のもつれで殺人
事件が起きたり、毎夜のように豪華なパーティーを開いていた富豪の正体が実は‥‥
。という1950年代のニューヨーク近郊の退廃的な空気と緊張感で息もつかせぬ物語が
展開されます。
 『ロング・グッドバイ』は、私立探偵フィリップ・マーロウが、富豪の娘が巻きこ
まれた事件を解決しようと命がけで活躍する物語です。麻薬とアルコールに毒された
アメリカ社会を見事に描いています。
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は、『ライ麦畑でつかまえて』というタイトルで
知られているアメリカの全寮制の名門高校に通う若者の憂うつを描いています。本の
タイトルからは、アメリカの農村部ののどかな物語なのかと思いきや、ニューヨーク
に戻った高校生が事件を起こすという、タイトルとは縁遠いものです。
 3冊ともアメリカではベストセラーになり、日本でも人気のある本ですが、村上春
樹が現代の言葉で翻訳したものはやはり現代に生きる者として楽しめる傑作だと思い
ます。

《デビュー》   『うちのわんこ』   上田市 角谷美由紀

 出会ったのは去年5月末、大阪のライトハウスでした。名前はイリー 2歳半の男の
子です。黒に茶の混じった32キロの大きな子です。茶色の毛のまろ眉がとってもチ
ャーミングだと言われています。ま、私には見えないのですが。
現地訓練も終わり、7月からは二人でちょこちょこと歩けるようになりました。車に
乗ることも、バスに乗ることもすごく楽しいです。大きいのでとてもびっくりされま
すが、周りの人たちの目も暖かく、出かけるのが楽しくなりました。
2ヶ月が経つ8月末のこと。少し慣れてきた私は、ワンコの言うことも聞かずつい前に
出てしまいました。田舎なので道が狭いので、もうちょっと端、もうちょっと端へと
足を出してしまいました。
そして、私1人が腰の高さほど深さのある川へと落ちてしまいました。近くにいた人
が助けてくれ、その日は5分ほどの道のりを歩いて帰りました。夕方から足が腫れて
きて、翌日病院に行ったら、左足くるぶしを骨折。その場でギプスを巻いてもらい、
家に帰ることになりました。もちろん散歩にも行かれません。旦那さんが少しでも出
てあげようと散歩に行くのですが、途中で動かなくなり「帰る?」の一言で、家に帰
ってきてしまいます。そんなに私のことを好きになってくれたのか、と思うと同時に
、散歩にも出られず可哀想になりました。そして、大阪のライトハウスに1ヵ月預か
っていただきました。
この2ヶ月、家から出ることも楽しくなってきて楽しいことばかりだったのに、いき
なり家から出ることが大変になりました。もちろん白杖をついても出られません。自
分の体が思うように動かない事がこんなに大変だと初めて知りました。目が見えなく
なるのとは違った大変さでした。
9月の終わりごろから、もう一度現地訓練のやり直し。長距離が歩けないので、少し
ずつ少しずつ歩いていきました。あれから3ヶ月が経とうとしています。やっとペー
スを取り戻すことができました。
家には先住犬の8歳を過ぎた男の子がいます。県内では盲導犬とペットの犬の同居は
珍しいそうです。訓練から帰ったり、一時預りから帰った後はとても大変でした。今
はとても仲良しです。お兄ちゃんらしさを発揮して、いたずらをしていると後ろから
怒って吠えて追っかけています。そして用事に出かけるときは、自分からおとなしく
ケージに入ってくれます。とても頼もしく思っています。
この半年の中で、盲導犬のいる生活といない生活を体験しました。まだまだ2人とも
初心者なので失敗することもたくさんあります。ただイリーは相棒でもあり希望の源
でもあることを実感しました。今でももう一度白杖で歩けと言われたらとても勇気が
要ります。家から出られないかもしれません。そんな私を、勇気を持って引っ張って
いってくれる私の相棒です。
<写真説明>イリーと角谷さんの写真。上田城櫓門前で。


《美術鑑賞》
       『間島秀徳 絵画展』に参加して  長野市  木暮恒夫
標題の絵画展が2019年12月7日に長野市芸術館で行われました。特に午後2時から3時
にかけては視覚障碍者向けアワーとして設定されており、知人からの勧めもあってパ
ートナーのロンくんと共に参加してきました。
間島《まじま》先生は東京芸大卒の日本画家です。現在信大にお勤めです。その画風
は一風変わっており、今回展示されていたものは和紙に砂を盛り、そこに水をかけて
水の流れで描き出された砂模様を接着剤で固定し、絵の具付けして描かれた作品。大
きいものは横3m縦2mもあり、その他畳の大きさのものが襖のように何枚も並んでも
いましたし、「コスミックアイランド」「ブルーホール」「マウントシー」などのタ
イトルがついていました。
<写真説明>マウントシーの作品に触れる木暮さんの写真
 作品に触らせてもらいました。和紙のソフトな感触の所々に凸凹した固いものが触
れました。砂という説明があったので、そのイメージに結び付いたのですが、説明な
しにはどんな作品か何が描かれているのかは触っただけでは私にはわかりませんでし
た。作者には申し訳ないのですが、中途失明で触察能力の乏しい私にはその芸術性が
わからず、かえって芸術性が味わえなかったという寂しさが心に残ってしまいました
。この寂しさは今回に限らず、他の展示会でブロンズを触った時や彫刻を触らせても
らった時も感じていました。触らせてもらわないと作品の直接の情報を得られないの
ですが、心を揺り動かす感動に結び付かない寂しさでしょうか?作品自体の実体を中
途半端にしか把握できないもどかしさからでしょうか?
<写真説明>「キューブ」の作品に触れる木暮さんと傍らにロンくん
 ところで、我がパートナーロンくんはどうだったでしょうか。ロンくんは展示会場
に入るなりいきなり目の高さにあった「キューブ」という作品を「ペロリ」。私はあ
わてて「ノー」と叱りました。間島先生は「いいですよ」とおおらかに受け止めてく
ださいました。後でロンくんに「なめてどうだった」とこっそり尋ねたところ、「う
ん、あの作品なかなかいい味をしてたよ」と言いたそうに舌なめずりをしていました


《事務局から》         加藤 久美

◆盲導犬ユーザーと引退犬ボランティアの皆様へ
疾病治療費支援の申請をされる方は、2020(令和2)年2月20日までに申請書類(疾
病治療費補助申請書とレシート貼付用紙)をご提出ください。申請対象期間は、2019
年1月1日から12月31日までです。疾病治療以外のフィラリア予防薬・ワクチン・爪切
り・シャンプーなどの費用は、申請の対象となりません。申請書類の送り先は、以下
のとおりです。
〒390-0802 長野県松本市旭2-11-45
「ふれっ手」内
長野県ハーネスの会 担当 前野 弘美
(会報発行遅延の為、締切を1か月延長致しました。)
※申請書類が必要な方は、事務局までご連絡ください。
なお、盲導犬・引退犬について、引退・代替え・死亡など、状況に変化がありました
ら、速やかに事務局までご連絡いただきますようお願い申し上げます。
事務局担当 加藤 久美
E-mail:jimu@harness-nagano.com

◆盲導犬ユーザーの近況報告
 上田市の角谷美由紀さんが、新しくユーザーになられました。盲導犬の名前はイリ
ー。雄で、ラブラドールレトリバーとゴールデンレトリバーのミックスだそうです。
長野市の加藤久美さんのパートナーだったクーピーが、9月に引退しました。

◆メーリングリストについて
 前号でもお知らせしましたとおり、メーリングリストのシステムを変更しました。
現在は、新しいシステムでメーリングリストの運用を行なっています。システムの変
更にあたって、旧システムにご登録いただいていた全てのメールアドレスを新システ
ムに移行しましたが、いくつかのアドレスは現在使われておらず、メーリングリスト
からのメール配信ができませんでした。アドレス変更された方であらためてメーリン
グリストへの入会をご希望の場合は、事務局までお知らせください。新しいメンバー
も募集中です。なお、メーリングリストへの入会は、長野県ハーネスの会の会員に限
らせていただきます。
 最近特に携帯電話のアドレスで、メーリングリストからのメール受信ができないと
いう事例が増えています。メーリングリストに入会される場合は、確実にメールの受
信ができるように、以下の設定をしておいてください。また、最近事務局からのお知
らせなどが届かない現象も増えておりますので、そちらの設定もお願いいたします。
 行っていただきたいのは、以下の2つのドメイン設定です。
@ml.harness-nagano.com
@harness-nagano.com
それぞれ皆さんがお使いの携帯・スマホ・パソコンから各メールサービスの設定に入
っていただき、受信を許可するアドレスリストに上記2つのドメインを入力してくだ
さい。これらはメールアドレスの後半になりますので、「後方一致」にして設定して
いただければと思います。この設定をしていただくと、新メーリングリストからのウ
ェルカムメールや投稿メール、そしてハーネスの会の事務局などからのメールが受信
できるようになります。
 以上、よろしくお願いいたします。

《編集後記》 

 新年早々、我が家は病いの巣窟と化した。最初は元旦のお雑煮を食べようかという
時に、二男が「熱が40度ある~!」だった。幸い当番医が近かったのですぐ受診。だ
が、インフルエンザは発症から12時間経過しないと検査にはっきり出ないのだそうだ
。血液検査もして80%かたそうだろうということでタミフルが処方された。しかし
、3日になって6歳の孫の様子がおかしくなった。4日の土曜日に小児科へ行くと、念
のための検査でインフルエンザ罹患が判明。さほど高熱ではなかったため、早めに名
古屋へ帰った。
 その日の夜、娘からのラインで妙に興奮している、との動画が入った。パンツ1枚
で両手に靴下をはめ、「○▼※△!やってやる~☆▲※◎え~い!」みたいな感じで
布団の上を飛び跳ねている。娘に言わせるとそんなに特別なことではない、というの
だがおばあちゃんとしては「インフルエンザの異常行動」としか思えなくてまたまた
心配。
 そうこうする内に、3歳の孫が熱っぽいという。こちらはインフルではなく風邪だ
ったが、その母の調子がおかしくなって、「溶連菌感染症」の診断。ようよう治って
、やれやれ、と息つく間もなく2歳の孫がアデノウィルス感染!今は「私の順番は来
ませんように」と祈る毎日。季節柄、皆様もどうぞご自愛下さい。今年もよろしく!
                        (片山幸子)

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